ゲームって、「現実から逃げるためのもの」と思われることが多いですよね。

「現実逃避したいからゲームする」って、よく言うし言われるし。

でも私は、これにずっと違和感があって、私は「ゲーム=現実逃避」は違うんじゃないかなって。

むしろ真逆で、

「ゲームは、現実を支えるためにあるもの」

だと感じています。

夢がなくなった今、感じていること

今の私は、「夢」も「希望」も持っていません。

やりたいことは思い浮かぶ。
でも、それが未来へのワクワクにつながっているかというと、正直まったく違う。

50歳を超えた年齢のせいもあると思います。
でもそれ以上に、これまでの経験の中で、現実をそのまま受け止めるようになったからだとも思っています。

極端に言えば、

「生きている間、この時間をどう過ごすか」

そんなふうに考えているだけ。

ただ何もせずに時間が過ぎていくのは、やっぱりきついからね。

ゲームは私を支えてくれる

ここ数年、「生きるのが面倒だな~」と感じることが増えました。

でも、そんなときでも、ゲームはいつも変わらずそこにいてくれます。

しんどいとき、余計なことを考えずにいられる時間。
乱れた気持ちを、少しずつ整えてくれる場所。

そしてなにより、「楽しい」と思える感覚を、ちゃんと思い出させてくれる。

……正直、これってすごくない?

大人になると、「楽しい」って意外と見失いがちだから。

だから私は、ゲームに逃げているんじゃなくて、ゲームに支えられているなって。

そう実感しています。

私とゲームの原点は、小学1年生

私がゲームに出会ったのは、小学校1年生のころ。

きっかけは、ゲーム&ウオッチ。

共働きの家庭で、放課後は親せきの家で過ごしていた私にとって、ゲームはすごく身近な遊びでした。

伯父が漫画やゲームに詳しい人で、雑誌やゲームを本当によく買ってくれて。

なかでも夢中になったのが、2画面の「ドンキーコング」

時間を忘れるくらい楽しんでいたのを、今でも覚えています。

今思えば、あの頃からずっと、私はゲームに助けられてきたのかもしれません。

ゲームとともに過ごしてきた人生

その後、ファミリーコンピュータが発売されて、ゲームはもっと身近な存在になりました。

両親に買ってもらったファミコン本体と、マリオブラザーズやバルーンファイトで遊びながら、さらにゲームの世界にのめり込んでいきました。

途中、音楽や別の趣味に夢中になって、ゲームから離れていた時期もありました。

でも大人になって、ふとしたきっかけでまた戻ってきちゃいましたね笑

ゲームが知らないうちに、私にとって無理して頑張らなくても、自然と戻ってこれる場所になってました。

それからはずっと、ゲームと共に過ごしています。

結婚しても、子どもが生まれても、ゲームは生活の中に当たり前にある存在でした。

51歳の今、ゲームに思うこと

若い頃みたいに、ただ「面白い!」だけで、ゲームに夢中になることはなくなりました。

でも今の私にとってゲームは、

現実をちゃんと生きるためのバランスを取ってくれるもの

になっています。

何も考えたくないときに、そっと寄り添ってくれる。

少し元気なときには、ちゃんと楽しませてくれる。

そんな存在が身近にあるって、思っている以上に大きな心の支えになってます。

ゲームは私にとって「逃げ」ではなく「支え」

ゲームは現実逃避か?

私の答えは、はっきりしています。

・ゲームは、現実から逃げるためのものじゃない

・現実を支えるための、大切な居場所

そう思えるようになったのは、これまで生きてきた時間があるからこそ。

これからも私は、ゲームと一緒に、自分のペースで生きていきます!